人の歴史
創業者 渡邊喜久次(1905〜1969)
明治38年、静岡県の山間部(茶畑の中)の生まれ。1933年茨城県に於いてお茶の行商から創業。
喜作園の最大の特徴は、
一番川上(生産)から、川下(消費)への展望を経営の基本とするところです。
渡邊喜久次(小学校卒)、不遇の中より発起。
真面目な人生を全うする。
親戚から4キロのお茶を借り、自転車で終日行商。早暁から夕食も忘れるほど働く。
昭和24年(1949年)最初に作った製茶工場。
業界初のオートメーション導入。
昭和40年(1945年)人生最大のハイライト、ローマ法皇謁見。
当時の外貨は厳しく、360円(固定ルート)、100万円の旅費は底をつく。
写真右:渡邊喜久次
二代目社長 渡邊伊作(1934〜)
昭和8年(1934年)、関東平野の真ん中、茨城県に生まれる。昭和28年、高校卒業と同時に現業に入る。
貧しさを遺産とし、創意工夫…ひたむきに、二代目の道を驀進中です。
父が息子を釣り上げた武器がオート三輪。お茶の集荷が最初の仕事。
潔く、大学の夢を放棄。
昭和48年(1973年)最初に作った本社工場。
町中の制約で立体的な工場となりました。
昭和62年(1987年)お茶の世界を幅広く展開するため、
中国茶専用の第二工場を完成。
平成7年(1995年)ライフワークの『グリンピア牧之原』が完成する。



